意外や意外!
【VANISHING POINT 】のプロデューサーであるY女史の粋な計らいで実現した、沖縄での再上映&トークショーに出かけて参りました。
上映後、一緒に壇上に上がってくれたのは、ブランキーの元マネージャーF氏、彼の芯の通ったお話のおかげで、僕も何とか大役を果たすことが出来ました。
更に有り難かったのが、彼の用意してくれたブランキーレアグッズの数々。
それらお宝の山を横目で見ながら、(よだれが出そうな気分で)ひたすら抽選クジを引くしか能のない、ミーハー監督でありました。
全国のブランキーファンが聞いたら、真っ赤になって怒りそうな至極の時間でしたが、ここはひとつ僕の生まれ故郷ということでご容赦ください。
この企画の為にお力添え頂いた関係者の皆様、わざわざ劇場まで足を運んでくださった観客の皆様、本当にありがとうございました。

久しぶりの帰郷ついでに数日間滞在を延ばし、夜な夜な旧友達と杯を重ねる中、少々驚かされたことがありました。
それは、映画館にも来てくれた彼らの「感動したよ!」という予想外の反応でした。
今更おべんちゃらをくれるような仲でもなく、ブランキーの音楽とは縁遠い世界に暮らすおじさん達は、今回おそらく僕に対する友情だけで劇場に行ってくれたはずです。
普段、演歌や民謡を聞いている友人は、上映後別の友人に「セッションって何?」と大真面目に訊ねていた程です。(笑)

ポップロックやジャズの音楽活動を長年続けている友人達にとっても、Blankey Jet City というユニットは大いに刺激的だった様子。
激しいロックをあまり好まない東京の仕事仲間達からも、以前に同様の感想は頂戴していましたが、ゆったりと時を過ごすこの地の人間には、正直あまり期待していませんでした。
そんな思いもあり、皆の好意的な感想は僕の酔いを更に心地良くしてくれたのでした。
酒の席ではありましたが、それぞれ趣味趣向の異なる大人達が、大真面目に音楽を語るきっかけをくれ、そしてジャンルを超えた音楽の真髄というものを、このドキュメンタリーはプレゼントしてくれたようです。

そして、もう一つ僕を驚かせたのは、我が高齢の父親も劇場に来てくれたこと。
地元の新聞記事に載った映画公開情報を、つっけんどんに知らせてはおいたのですが、まさか実際に観に来るとは、想像だにしていませんでした。
まあ、父は耳が遠くなっているので、映画の爆音は心配無用でしたが(笑)
(字幕を入れといてヨカッタ!!)

長年心配をかけ通しの馬鹿息子がプチ親孝行させてもらったこと、それこそが僕にとって最大の収穫でした。ハイ!



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肩の荷
なんやかんやで、半年程かかりっきりになっていた大仕事が、先日めでたくアップしました。
情報通の方々でしたら、すでにご存知かもしれませんが、来年1月に公開予定の映画の話です。
そのタイトルは【Blankey Jet City VANISHING POINT】
今更説明の必要もないでしょうが、日本のロックバンド "ブランキー・ジェット・シティ"を追った、私的ドキュメンタリーです。

熱狂的なファンに惜しまれつつ、この孤高の3人組が解散したのは、もう13年も前になります。
この映画は、彼らの最後のビデオ作品 "LAST DANCE"に至るツアーの様を、僕が個人的に記録したものです。
いつの間にか干支が一回りしてしまう程、時が経ってしまいましたが、これほど寝かせるつもりのなかった素材が、こうした形で日の目を見たことは、僕のみならずブランキーのファンの方々にとっても朗報だと思います。
関係者の皆様のご尽力に対し、この場をお借りして、心からの感謝を申し上げます。

ブランキーの3人とは、1994年の "MONKEY STRIP" から2000年の "LAST DANCE"まで、主にライブビデオで共に時間を過ごしてきました。
けっして自分を飾ることも、一切の虚勢を張ることの無い彼らは、(それに慣れていない人たちから)時に怖れられたり、誤解されたりもしたようですが、僕は彼らのそんなところが大好きでした。
相手に気を使って言葉を選んだり、周りの空気を読んだりするのが無縁の男たちには、向かい合う側もそれなりの覚悟が必要になります。
もし、心にも無い薄っぺらな言葉を口にしたり、適当に相づちを打とうものなら、瞬時にして見透かされてしまい、ガラガラと心のシャッターを降ろされてしまうのがオチです。

僕も、最初の頃はその距離感がつかめずに多少は緊張したものですが、1度その本質が理解できると、逆に気が楽になるものです。
余計な気遣いも必要ないし、ただ素直な感情でコミュニケーションをとれば良いだけなのですから。

短くも深かった、彼らと僕との付き合いの中で、音楽と映像という関係が、いつしか”お仕事”ではない”共同作業”という形で自然に行えるようになったのは、今でも幸せな記憶として残っています。
この映画の中で、僕のハンディーカメラがどこでも遠慮無しにズンズン入り込んでいけたのは、そんな互いの空気感が関係していたのかもしれません。

幾度か浮かんでは消えていった映画化の話が、こうして実現でき、やっと肩の荷を降ろせたというのが、正直な僕の気持ちですが、何故13年もの歳月が必要だったのかについては、色々思うところもあります。
ひとつはっきり言えるのは、かつてのブランキーキッズたちに、この映画が必要とされる時が来たのだろうということです。

この作品は、単なるノスタルジーで生まれたのではありません。
ブランキーの音楽に青春を捧げ、ライブハウスで踊り狂い、大声で歌い泣き叫んでいた、激しく傷つきやすい若者たちの為に蘇りました。

そんな彼らが大人になり、仕事や家庭を持ち、毎日を懸命に生きている今、もう1度あの頃の熱いエネルギーを思い出して欲しいと、(あえて付け加えれば、僕自身に対して)のメッセージなのです。

理不尽な事柄にがんじがらめにされ、行き場を見失いかけている不器用な人たちに、今一度思い出して欲しい。
ただ純粋に生き急いでいた、あの頃の自分のことを。

そんな気持ちが、編集を重ねるにつれ強くなっていきました。
この映画は、僕の個人的な視点で綴られていますが、見る人それぞれが僕になり代わって、ご自分の青春にタイムスリップしてもらえたのなら、望外の幸せです。

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秘密兵器
またまた電車ネタで失礼します。
休日の夕刻どき、ちょい混み車内での出来事です。
運良く座れた僕の隣には、子連れの若いお母さんが腰掛けていらっしゃいました。
僕が腰を下ろすと同時に視線が交わった幼子は、人相の悪いオヤジに怖じ気づいたのか、赤く腫れぼったい目でキョトンとこちらを見つめています。
何やら周りに漂う不穏な空気から察するに、つい今しがたまで相当荒れていたご様子。
彼の態度の急変に

「まあ〜自分で泣きやんだの〜、エライね〜!」

と、間髪をいれずに小皇帝を褒めちぎるお母さん。
車内の緊張感も、一瞬緩んだような気がしました。
しかし、平和な時はつかの間。
凶暴そうな男が自分に危害を加えないことが分かると、幼児はすぐにむずがり始めました。
まだ会話が得意でなさそうな彼は、今相当に虫の居所が悪いらしく、母親がすることに対しことごとく刃向かっていきます。
時折僕の方に子供の体が触れるのを気にして、

「どうもすみません。」

頭を下げるお母さんの疲れ切った表情が少々気になりました。
そんな母親の気を引きたい小皇帝、次第にやんちゃぶりをエスカレートさせます。
あろうことか、今度は揺れる車内に裸足のまま仁王立ちになり、

「ママ〜 みて〜 ママ〜!」

得意そうに雄叫びを上げます。

「エライね〜、ぼく、すごいね〜!」

と言ってあげれば済むことなのに、若いお母さんにそんな余裕は残っていません。

「どうしてママの言うこと聞いてくれないの?!」

こりゃ、ちょいとヤバイ展開です。
周りに目をやると、せっかくの休日の締めくくりを、こんなヒステリックな場面で締めくくることへの不愉快さが、乗客の無粋な表情から見て取れました。
そんなピリピリした空気を察知してか、彼女の感情の糸も切れる寸前です。

「もう、やめて!!」

子供を無理やり引き寄せた母親は、そのまま小さな身体をシートに押さえ付けます。

『やっても〜た〜・・』

案の定、ありったけの大声で泣き出した小皇帝は、足を激しくバタつかせます。
それが母親のお腹を直撃したのか、母親はついに感情を爆発させてしまいました。

「あんたが蹴ったら、ママもお腹の赤ちゃんも死んじゃうんだよ!!」

そのセリフに、一瞬車内が凍りつきました。


もはやこれまでと感じた僕は、ポケットからある秘密兵器を取り出しました。
それは大抵の小悪魔どもをシャラップ状態にする、魔法のガジェットでした。
勘のいい方はもうお分かりでしょうが、そうiPhoneです。
実は、こやつを取り出すタイミングを探っていたのでした。
生憎その日はバッテリー残量があと数パーセントの状態だったもので、ずっと出し渋っていたのです。
いざ見せたはいいけれど、楽しんでいる最中に強制終了してしまっては最悪ですから。
しかし、そんなことは言ってられません。
僕は適当なアプリを立ち上げ、やおら小皇帝の鼻先に画面を差し出し、

「ほらっ 凄いよ〜、ここ触ってごらん!」

と、声をかけたのでした。
不意を突かれた敵は、毒気を抜かれ再びキョトンとしています。
思いがけない援軍の登場にこれ幸いと、

「うわ〜っ すごいね〜!」

母親も臨機参戦です。
老練な連合軍の思惑に翻弄された、若い司令官はひとたまりもありません。
次々に繰り出されるエンタメパンチに、シナリオ通り瞬時に武力放棄してくれたのでした。
少し余裕を取り戻したお母さんに、

「1歳半くらいですか?」僕は話しかけてみました。

「もう2歳半なんです。」すまなそうに答える彼女に、

『いらんこと言っても〜た・・』反省しながらも僕は続けました。

「こんくらいの頃は、宇宙人だと思った方がイイですよ。」

なんて知ったかぶりの会話は、さぞやぎごちなかったでしょうが、そうこうしているうちに、呆気なく親子の降車駅に到着してしまい、

「本当に助かりました。ありがとうございました。」

母親は頭を繰り返し下げながら、愛息を抱いて足早に降車して行きました。


急に静けさを取り戻した車内で、残り2パーセントになったiPhoneの電源を切りながら、僕は溜息をつきました。
恐らく都会の電車じゃなければ、こんな無用な緊張感も生まれないんだろうなと、しみじみ感じていました。
こんな場面は、子育ての経験がある人間であれば、誰しも思い当たるはずです。
そうでない人は、自分が子供の頃を思い出してみれば良いのです。
けれども、もしこれが隣り合わせの出来事でなかったとしたら、おそらく僕も他の乗客のように傍観者でいたことでしょう。
無関心を装いながら、イライラオーラを放出していたかも知れません。

「所詮他人事、心配りは自己満足。」
「人に迷惑をかける方が悪い。」

そんな都会の掟が、僕の中にもしっかり芽生えていました。(成長も早い)
けれども、そんな無言の圧力が弱いものを追い詰め、その刃がさらに弱い者に向かう、そんな負の感情の連鎖を見たと言ったら大袈裟でしょうか。
僕は新米ママのお礼の言葉を反芻しながら、そんな自分の中の世間を反省していました。


"愛の反意語は憎悪ではなく、無関心"
そんな言葉をさっき思い出しました。
隅っこに追いやっていた感情のリハビリに、今日から少しずつ取りかかることにしましょう。


それにしても、やっぱiPhoneは偉いね!
(スマートフォンをお持ちの皆さん、非常時用にお子様アプリを入れておくことをお勧めしますデス。)

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【歌旅】に想う
中島みゆきさんの【歌旅】劇場版が公開されました。
驚く程大勢の方々がご覧になって下さったことに、まずは関係者の一人として深く御礼申し上げます。
この作品を手掛けさせて頂いてから、いつしか5年もの歳月が流れてしまいました。
こうした形で改めて世間にお披露目できる機会を得たことは、演出家冥利に尽きる出来事です。
音楽映像というジャンルは一種独特で、この世界に身を投じてみなければ分からない事だらけです。
前々回のブログではプロモーションビデオの世界について書いてみましたが、今回はライブビデオについて軽く触れてみることにしましょう。

皆さんは、TVの音楽番組を何気なく目になさっていらっしゃることでしょうが、この映画のようなライブ映像も古くから存在します。(ウッドストックとかLast Waltzが有名でしょうか?)
一見すると同じように見える両者ですが、実は微妙な違いがあるのです。
収録や制作時間に制限のあるTVプログラムは、とても効率的で優れたノウハウの固まりです。
わかり易く説明するために、架空の生放送の音楽番組をシュミレートしてみましょう。

担当ディレクターは、事前に受け取った出演者の楽曲を聴きながら、台本に書かれた歌詞をなぞります。
そして彼のイメージしたカメラワークを、台本上に書き込みます。
{Aメロで、正面カメラがゆっくりとアーティストに近づく}{Bメロでは、サイドカメラが横顔アップからバストショットまでズームバック}{Cメロになり、頭上を動くリモートカメラにバトンタッチ等々。}
手慣れたカメラマンであれな、余程のことでも起こらない限り、この指示書通りのカメラワークを忠実に再現してくれることでしょう。
事程左様に、照明や音声スタッフ出演者が一致団結して、ディレクターの作った台本に沿った動きを見せてくれるのです。
結果、視聴者は安心して生番組を見ることができるという寸法です。
全てが洗練されていて素晴らしいやり方です。
秒刻みに多彩な番組がプログラムされた放送局では、このような収録方法以外の選択肢は考えられません。

それではTVの音楽番組と、この映画で撮られたようなライブ映像の違いとはいったい何なのでしょう?
それは、上記のような"決め事の有り無し"です。
様々な制約のあるTV音楽番組の収録において、カメラマンが心がけなくてはならないのはシナリオに沿ったカメラワークです。
マルチカメラで撮る場合には特にこれが重要で、もし1台のカメラが勝手な行動を取ってしまうと、全体のバランスが一気に崩れてしまいます。
チームワークが要の現場では、時としてこれが致命傷にもなりかねません。
一方、ライブビデオの収録現場では比較的その縛りが少なく、カメラマンは自由に被写体と向き合うことができるのです。
(もちろんケースバイケースで、あくまでもその傾向があるという意味です。)
僕はTVの仕事が少ないので、基本的にはこの収録法を用いますが、そこで問われてくるのがカメラマンの感性です。

よく言われるように、ライブは生き物です。
インディーズカメラマン上がりの僕は、常に肌で音楽を感じて来ました。
下手くそなバンドの時にはお客さんはシラけ、上手いバンドには興奮をぶつけます。
アーティスト達も、観客のノリを目の当たりにして、傷ついたり高揚したりするのです。
それは会場の大小に依らず、基本的に変わらないものです。
つまり、コンサート映像とは単なるエンターテイメントにとどまらず、その日その場所のアーティストと観客の感情のやり取りが記録される、ドキュメンタリーそのものなのです。

TVの収録法に慣れ親しんだカメラマンと仕事をご一緒する場合に、稀にではありますが困ったことが起こります。
スタジオでの癖が抜けないのか、彼らの切り取る絵に落ち着きがないことが多いのです。
当然、良かれと思ってやってくれてはいるのでしょうが、(絵数を増やそうと)いつものノリでカメラを頻繁に動かしてしまうのです。
Aメロでワイドだったから、Bメロではもっと寄ったり、もしくは4小節ごとに素早くサイズを変えたりするのです。
無論、それはそれで都合の良い場合もあるのですが、判りやすいリズムで頻繁に構図の変わる映像は、見ているうちに次第に飽きてしまうものです。
一見すると、それが音楽に合っているようにも思えるのですが、こういう場合のカメラマンは大概曲を聴いていないものです。
よしんば曲を聴いていたとしても、詩の世界までは気が回っていないことが多いのです。
気持ちが入らず頭だけで撮るのと、曲を聴きながら感情移入して撮るのとでは、同じ映像でも似て非なるものになります。
前者の場合は実際に使える箇所が断片的になるのに対し、後者では長い時間見ていられる力のある映像になるのです。
”感情を伴った映像は、見る者に必ず伝わる。”
僕はそう強く信じています。

なんて説明はしたものの、正直一般の方々にはピンとは来ないでしょうし、僕自身長年経験を重ねたお陰でようやく分かるようになった感覚です。
けれども、実はこの違いは見る人が1番感じているのです。
皆さんは過去に音楽番組やライブ映像をご覧になった時に、
「もう少し長く見ていたかったのに、何でここでカットを切り替えるんだ。」とか、「どの曲も同じような編集だな。」なんて感じたことはありませんか?
もし、そういう感想を持たれたのだとしたら、その作品はノウハウで作られたものかも知れません。
つまり、このサイズの後にはこのサイズ、このアングルの次にはここからのアングルといった風に、形から入った作り方をしているのです。
これは、自戒を込めてお話しすることで、映像のベテランであればある程陥り易い落とし穴なのです。
このノウハウ優先の考え方が危険なのは、往々にして見る側の心情を軽んじてしまうところにあります。
つまり、これが経験上ベストだからという、多分に保守的な考え方が根本にあるからです。
カメラマンやディレクターがこの妄想に取り憑かれている限り、枠から飛び出す作品は期待出来ません。
感動とは、決してノウハウからは生まれないものです。
決まり事を排除した後に舞い降りて来るものだということを、僕は過去の多くの経験から学びました。
勿論、ノウハウを否定しているのではなく、その先を諦めてはいけないということです。

TVの音楽番組とパッケージとして発売される作品のもう一つの違いは、見られる回数にもあります。
あくまでも一過性のものとして作られるTVプログラムは、わかり易さにこだわります。
ボーカル中心の絵作りに、鳴っている楽器の映像がインサートされるのが基本です。
それに対し、販売される音楽作品では何回も繰り返し鑑賞されるのが前提です。
そのため、作り手は幾度も試行錯誤を重ねながら、作品の弱点を探し出す必要があるのです。
自分のその時の感覚を過信せず、幾度もトライアンドエラーを繰り返します。
たとえギターソロになったとしても、必ずしも小節の頭で絵を切り替える必要はありませんし、(乱暴に言ってしまえば)その時点で1番心引かれる絵にすれば良いのです。
そして最終的に迷いのなくなった編集点の積み重ねが、初めて人様に見せられる作品となるのだと、僕はそう考えて仕事をしています。
何れにしても、そのアーティストを好きなことを再確認させてくれたり、更なる魅力を感じさせてくれるのが、音楽映像に課せられた使命なのではないでしょうか。

すっかり前置きが長くなってしまいました。(いつもの悪い癖ですので、お許しを!)
【歌旅】ビデオ収録のため、東京国際フォーラムに顔を揃えてくれたのは、こちらもカメラマンに半生を捧げてきた、百戦錬磨の強者達でした。
皆、こちらの注文に的確に応えてくれる卓越したテクニックを持ち合わせているのは勿論ですが、個人的な感性でも自由に撮ることの出来る、真の意味でのプロフェッショナル揃いです。
長年の共同作業で得た、彼等に対する僕の信頼感は並大抵のものではないのですが、最終打ち合わせの場で
「余計なことは考えなくても、自然に撮らされるから!」
と、僕は一言だけ付け加えさせてもらいました。
コンサートが始まってすぐに、彼らも”撮らされる”の意味が分かったようで、緊張感がみなぎる中にも、それぞれが自由奔放なカメラワークを見せてくれたのです。
優れたミュージシャンが、手元を見ずに素晴らしい旋律を奏でるように、その道を極めた人間には感情の赴くままに、その人の道具を使った深い表現が可能なのでしょう。
ベテランの絵描きに広大なキャンバスを用意した後は、横からゴチャゴチャ言わず、ただ静かに見守ることがベストだということを、幸い僕は知っています。
中島みゆきという、この上ないアーティストを前に、彼等のモチベーションが何処まで高まるのか、僕はその様子を観客の一人として見守るだけでした。

2日間の収録の結果、僕のディレクター人生で最高の収録素材を得ることとなりました。
最高というのは、どこからでも、どれだけでも使えるという意味です。
極上の材料を手に入れた僕は、それから数ヶ月の間、心おきなく編集作業に没頭しました。
楽曲を聞きながら、そのメロディーや歌詞に最も相応しい映像を選び、幾度も吟味しながら組み上げてゆきます。
数カットつなぎ終える度に1曲目からのプレビューを繰り返し、その都度全体の流れを俯瞰から見直すことを心がけました。
この作品において僕が心がけたのは、あくまでも観客の目線でした。
けっして奇をてらった編集ではなく、アーティストと共に会場に居合わせような、そんな空気感を大切にしたかったのです。
コンサート会場にいらっしゃった観客の皆さんが味われたであろう凄まじい感動を、そうでない他の方々に余すことなく伝える能力は、残念ながら僕にはありません。
せめてものお役目があるとすれば、この歴史的なコンサートの模様を、いかに劣化を最小限に止めたまま後世に残せるかだけでした。

長時間の作業中に思いが至ったのは、アーティストとしての”中島みゆき”もさることながら、彼女の周りのミュージシャンや舞台スタッフ達の存在感でした。
表に出る人出ない人、ジャンルは異なれども、各々が自らに課した高い山を登り詰めた達人達です。
彼らがそのキャリアの全てを捧げ、一人のアーティストを支え、輝かせて、完成させたのが【歌旅】という、音楽ドキュメントなのだという思いが、日に日に増してゆきました。
『この方たちの足を引っ張ることだけは、何としても避けなければ。』
常にこの思いを脇に置き、僕はこの作品を仕上げました。

アーティストの器に比べ、誠に力足らずで心苦しさ満杯ではありますが、僕を含めた映像チームが、どのような思いで作品に携わったのかだけは、是非とも残しておこうと思った次第です。

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紙一重
少し前のことですが、今でも強く印象に残っている出来事です。

その日はあいにくの雨でした。
発車ベルに急き立てられ、慌てて終電間際の電車に滑り込んだ僕は、回転しながら奥の方まで押し込まれ、よれた巻き寿司のような状態になってしまいました。
普段はのんびり自転車通勤、事務所では独り気ままに時と空間を浪費している身体には、この過激な人口密度は結構辛いものがありました。
パンパンの車内は人いきれで息苦しいばかりか、途中駅で加わる乗客たちの更なる圧力と、それぞれが手にしている濡れた雨具の不快さで、皆さん我慢も限界のご様子でした。
半時間程の荒業の後、ようやく折り詰めから解放された僕は、雨上がりのホームで大きく深呼吸をしていました。
冷たい湿気をたっぷり含んだ夜気は、僕の衰えた生命力を瞬く間に蘇らせてくれるようでした。
たまの電車でこれですから、このような日常を送っておられる方々のご苦労は如何ほどかと、半ば感心しながら歩き出した僕の前方から、何やらいびつなやり取りが聞こえてくるではありませんか。

あらら、僕の視線の先およそ20メートルほどで、男性二人がいがみ合っている様子。
ひと気の無いホームに響き渡る怒鳴り声は、やみかけた雨でしっとりとした闇間にすぐに吸い込まれてしまいますが、まわりを静かな林に囲まれた小さな駅では相当場違いな光景には違いありません。
周りを見渡しても、利用者の姿はとっくに視界から消え去り、淋しいホームには僕ら3人だけが取り残された格好です。
この駅に改札口は1カ所しかないので、このままだと僕は彼らのすぐ側を通らなければなりません。
そこに綺麗なご婦人でも佇んでいるのなら、勇み足で近づいていくのですが、この状況はちょっと考えものです。
急に歩幅が狭くなるのを意識しつつ、気配を殺しながら歩くワタクシの姿がありました。

もめているのは30代中盤のサラリーマン風と、20歳前後の学生風の2人の男性でした。
案の定、車内で傘が触れたの触れないのでトラブルになっているようです。
体格的に差のある学生さんは、どうやら劣勢に立たされているようで、大柄なサラリーマン氏に胸ぐらを掴まれたまま大きく揺すぶられています。
その圧倒的な構図を目の当たりにした僕の中に、判官びいきの心がぴくっと頭をもたげてきたところでした。

睨みをきかせたサラリーマン氏が立ち去ろうと踵を返した瞬間、学生さんの手にした傘が男の背中に激しく打ちつけられたのです。
まるで”窮鼠猫を噛む”の再現ドラマです。
「オイ、オイ、それはダメっしょ!」
僕が思うまでもなく、鬼の形相のサラリーマン氏が振り返ります。
あわわ、これは相当まずい展開です。
当方との距離およそ5メートル。
「もうちょっと後にして欲しかったな〜」
あわよくば、何事も目に入らぬふりをしたかった通りすがりの者には、これは最悪のタイミングでした。
考えをまとめる暇もないまま、彼らの間に割って入ることになってしまった僕は、とっさに学生の背中に手のひらをあて

『何もいい事ないよ!』

と、自分でも驚く程冷静に声をかけていました。
そのとき初めて見た若者の顔は、もうほとんど泣き出しそうで、その充血した瞳には言葉にならない感情を訴えるような、こちらに向かって助けを乞うような、そんな悲しげな光が灯っていました。
僕はそんな彼の目を見つめながら

『もう気が済んだでしょう。』

となだめつつ、その勢いでもう一方の男性の腰にも手をまわし

『あなたも十分やったでしょう。落ち着きなさいよ。』

と、彼をその場から引き離したのでした。
興奮したサラリーマン氏は何やら呟いていましたが、すぐに冷静さを取り戻したようでした。
降って湧いた予想外の展開に内心ドキドキの僕でしたが、素直に従ってくれた2人の反応にホッとしながらも、これが僕自身の身に降りかかっていたらと考えると、背筋が凍る思いでした。
腕に覚えの無い僕にとって、これは大きな賭けでした。
もし、どちらかに逆切れされていたとしたら、それ以上の事は何も考えられませんでした。
見たところ、お二方はごく普通の大人しそうな人達でしたが、僕も体験した電車内の劣悪な環境は、どんな善良な市民でも豹変させてしまうような、こんな危険をはらんでいるのです。

閉塞感たっぷりのこの時代、僕を含め世間の大多数の皆さんがギリギリの状態で生きているのは間違いありません。
巷で見聞きする凄惨な事件も、始まりはほんの些細なことなのでしょう。
そして、信じられないような凶悪犯罪を犯してしまう人間も、恐らくあの学生さんのような目をしていたように思えてなりません。
皆、自分のキャパの淵のところで踏ん張っていることを、ついつい忘れがちなんですよね。
そんなことを、ぼんやり考えながら歩く僕の後ろから

『ありがとうございました!』

大きな声が追いかけてきました。
驚いて振り返ると、そこには深々と頭を下げる若者の姿がありました。



ちょっとだけ泣きそうになりました。





ーーーーー





ひょんなことで御縁を頂いた方々が、こんな僕の文章に時間を割いて下さっていることに、大いに驚いております。
相変わらずのマイペースで、皆様をいらだたせていることは承知の上ですが、『あいつも、まだ生きてるんだな。』くらいに意識してもらえれば本望です。

どうもありがとうございます。








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