光と陰
大学を中退した当時の僕は、ペンキ屋や清掃員のアルバイトで日々の生計を立てつつ、自分がカメラマンに向いているのかどうか、迷いの日々を送っていました。
バイト先で知り合った仲間とロックバンドを作り、プロのミュージシャンを目指す彼らと一緒に甘い夢を見ながらも、その悶々とした思いは一向に変わりませんでした。
そんな惰性に満ちたある日、バイト帰りに立ち寄ったジャズ喫茶の急な階段で、ふと目にした1枚の写真が、すべてを変えてしまいました。

モノクロのポスターの中でマイクを握り、苦悶の表情を浮かべ絶叫する全裸の男、その目はもはや常人のそれでは無く、無数の傷跡が残るその額からはおびただしい血が滴り落ち、彼の背後では歌舞伎メイクにド派手なコスチュームのバンドメンバーが、各々見得を切っているという、明らかに常軌を逸した世界でした。
初めて見るそのビジュアルから受けたショックは、今でも自分の美感の中に尾を引いているような気もします。

一体何なんだ?

沸々と好奇心が湧いてきました。
数週間後、カメラ片手にとあるストリップ劇場に向かった僕は、その前にたむろする人種に少々怖じ気づいていました。
真夜中12時近く、繁華街から離れた薄暗い歩道に4〜50人程集まった黒ずくめの男女が、互いに言葉を交わすでもなく、じっと開場時間を待っているのです。
普段見慣れたライブハウス前の賑やかさとは、明らかに異質な雰囲気でした。
やがて、公演を見終わった(満足げな)オヤジ連中が出てくるなり、場違いな集団に容赦のないガンを飛ばしていたのが印象的でした。

およそロックには似つかわしくない、目に痛い蛍光ピンクの階段を降りてゆくと、そこには通称デベソと呼ばれる怪しげなステージが、堂々と鎮座していました。
相変わらず無言のまま、不思議そうにキョロキョロと周りを見回す客達が、少し可笑しく感じられました。

公演は、白いトレンチコートに身を包んだ一人の男の弾き語りで、意外な程静かに始まりました。
デベソの上で奏でられるそのメロディーは、場内をつい今し方まで満たしていた、色情の残り香と妖艶に絡み合い、体の芯を熱くくすぐるような感じがして、どこかしら罪悪感を覚えたものです。
 
遠慮がちにファインダーを覗き、観客の様子を伺います。
気のせいか、彼らの目に少し生気が感じられるような気がします。

突如、男の歌が激しくなります。
ノイズさながらのアコギの音にかき消され、言葉を聞き取れない悲しい叫び声が、それまでの怠惰な空気を瞬時に消し去ります。
得体の知れない激情が狭い小屋中に充満し、それが飽和状態に至ると、男はやおら立ち上がり、手にしたギターを足元に落とし、コートを脱ぎ捨てます。
その瞬間、つんざくようなエレキのリフが響き渡り、逆光と共に男の背後の真っ赤な幕が、一気に振り落とされます。
そこに忽然と現れたのが、かの伝説の音楽集団『暗黒大陸じゃがたら』でした。

狂犬病の犬のような『アケミ』の吠えるボーカルに、熱く覆いかぶさるファンキーな演奏は、アングラらしからぬプロの音そのもので、こちらの汗を激しく震動させる音圧と相まって、(不謹慎な表現ですが)まるで音にレイプされてゆくような感覚を、否応無しに味合わせてくれました。
一瞬気を失ったような感覚に包まれた僕は、気を取り直し夢中でシャッターを切り始めました。
それは、初めての体験でした。
脳ミソに直接手を突っ込まれ、リズムに合わせてかき回されるような、恐ろしくも快感に満ちた体験でした。
『アケミ』は裸の下半身を振り乱し、歌いながらいきなり客席にダイブし、襲いかかった女性客のスカートをはぎ取り、(紙コップに自ら排出した)小水を客席に振り撒きます。
狂気の沙汰とは正にこの事だと思いました。

しかし、
この光景に唖然としながらも、自分の中の(何か)が明らかに変化してゆくのを、そのとき確かに自覚しました。

それまでの数少ないライブ経験では、アーティストが客に本気で飛びかかるなどということは、絶対にあり得ないことでした。
お金を払ってもらう側に対し、頂く側から危害を加えることは、タブー以前のタブーでした。
ライブの最中に生きたニワトリの首を切ることで有名な、沖縄のロックバンド『コンディショングリーン』でさえ、その最低限のルールは守っていたのです。

しかし、今僕が感じているこの高揚感はいったい何なのでしょう?

背後からの熱気を感じて振り返ると、そこには恍惚の表情を浮かべ、拳を上げ叫んでいるファン達がいました。
あの能面のような、静かな人達でした。
皆、別人のように目を輝かせ、あふれる興奮を隠しもせず、ひたすら踊り狂っていました。
『アケミ』に襲われ、恐怖に怯え、逃げ惑いながらも、その表情は生気に満ち満ちていました。

一体何なんだ?

その思いは大きくなる一方でした。



(RCにまつわる話を書こうと思っていたのですが、少々遠回りをしてしまいました。じきに戻ってきますので、今しばらくお付き合い下さい。)



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