陰と光 +
長い暗転の後、いつも通りのファンキーな演奏で、ステージは始まりました。
焦らすように長く続く前奏の後、勢い良く飛び出して来た全裸の男
待ってましたとばかりに、盛り上がる観客席
幾度も金網に体当たりを加え、そのつど跳ね返され、転がる男
客席とステージを遮る金網のせいか、客達には心なし余裕が見て取れました。
例の自虐行為も、客らには既にお約束事のようでしたが、男の体から流れ出る幾筋もの鮮血が、その場にいる人間の野生を、強引に目覚めさせてしまうのでしょう。
男も女も、まるでアトラクションを楽しむかのような、キラキラした瞳をしていました。
その昔、ライオンと兵士の戦いを見物するコロシアムの観客も、同じような表情をしていたのかも知れません。

客達のそれが一変したのに気づき、思わず振り返った僕のファインダーに入ってきたのは、全裸男『アケミ』の手にする巨大なワイヤーカッターでした。
ほとばしる血を啜りながら、ねちっこいリズムに合わせるように金網を切る音が、バッチンバッチンと聞こえてきました。
蛇に睨まれた蛙のように、凍り付いたまま動けない客達
瞬く間に逆転した、客とステージの主従関係
その奇想天外な面白さに、頭がクラクラしました。

時間の感覚を忘れる中、ついに金網に穴が開いてしまい、薄笑いを浮かべた血だらけの狂人が、こちら側へにじり出て来ました。
舌なめずりをしながら、血走った眼で客席を品定めする野獣
バックの演奏が鳴っていなかったとしたら、間違いなく場内はパニックに陥っていたことでしょう。

普段我々は、無意識のうちに(思い込み)というオリをこしらえています。
オリのこちら側の安全地帯にいる我々は、あちら側で起こる様々な出来事を、すべて他人事で済ますことができます。
向こう側の痛みも快楽も、すべては自分の想像力次第です。
(プロレスやその他の格闘技を、間近で鑑賞する場合を除くと)TV画面やコンサート会場で、身の危険を感じる事はまず無いと思います。
そして、このオリを築いている限りにおいては、どんな刺激や感動も、少なからずリミッターがかかってしまうのです。
そしてこのオリが不意に取り除かれたとき、突然のことで人は頭が空っぽになり、そこで初めて素の感動が姿を現すような気がしてなりません。
このような場所に集まる人々は、きっとその禁断の味を覚えてしまった、悲しくも従順な生け贄なのかも知れません。

『アケミ』に覆いかぶさられ、現実に引き戻され泣き叫ぶ女性客と、周りでそれをただ見つめるだけの、異星人のような面々
さらには、これらの出来事を仔細に観察している冷静な自分に、ことさら違和感を感じながらも、

『人は自らの価値観を覆された時、最も感動する生き物だ。』

そんな風に、勝手に解釈した僕でありました。



(随分と遠回りしたようで、戻り道が分からなくなってしまいましたが、特に急ぐ旅でもありませんので、このままのんびり参ります。)




コメント(15) / トラックバック(1)カテゴリ無し

新着アーカイブ
▼意外や意外!
(2013/5/9 17:21)
▼肩の荷
(2012/11/19 10:28)
▼秘密兵器
(2012/6/27 11:48)
▼【歌旅】に想う
(2012/5/24 15:09)
▼紙一重
(2012/3/2 20:30)
▼心境の変化
(2012/1/28 19:56)
▼心の岩盤浴
(2012/1/23 03:24)

月別アーカイブ
2013年05月(1)
2012年11月(1)
2012年06月(1)
2012年05月(1)
2012年03月(1)
2012年01月(2)
2011年12月(1)
2011年11月(2)
2011年10月(1)
2011年08月(1)
2011年07月(1)
2011年02月(1)
2011年01月(2)
2010年12月(3)
2010年11月(2)
2010年09月(2)
2010年08月(2)
2010年07月(1)
2010年06月(2)
2010年05月(2)
2010年04月(1)
2010年02月(1)
2010年01月(1)
2009年12月(2)
2009年10月(2)
2009年09月(1)
2009年08月(2)
2009年07月(2)
2009年06月(3)