番外編(その2)
イベントは、あの名曲と共に静かに始まりました。
もはやエバーグリーンと化してしまった感のある『冬のソナタ』のテーマ曲は、僕自身胸の奥がキュンとするような、不思議な懐かしさを呼び起こしてくれます。
場内はというと、感情を押し殺したような(ありきたりの表現ですが)嵐の前の静けさに包まれているようです。
観客の誰もがオーケストラの方向を凝視しています。 この場の雰囲気を味わい尽くそうとするかのような、刹那の思いがこちらにも伝わって来ます。
やがて、どこかで生まれた静かな悲鳴が、さざ波のようにドーム全体に広がると、ステージ奥の幕がゆっくり上がり、待ちに待ったこの夜の主人公の登場です。

ゆっくりと中央ステージへと歩を進めるペ・ヨンジュン氏を、10万個近い瞳がまんじりと見やっています。
深深と降りしきる雪と切ないメロディーが相まって、 殺風景な舞台通路をドラマのワンシーンのように見せてくれます。
そして、張りつめていた感情の防波堤はあっけなく決壊してしまい、抑えきれない各々の想いを口々にする女性達で、繊細な音楽ももはや途切れがちに聞こえてくるだけです。
同時に、人気のない中央ステージに大きな木がゆっくりとせり上がってきます。
その下には、もう一人の主人公チェ・ジウが待ち合わせの場所で一人佇んでいるという設定です。

この状況を冷静に見守りながら、カメラマンに的確な指示を与えなければいけない立場の僕でしたが、知らぬ間にこの物語の世界に引きずり込まれてしまっていました。

刻一刻と縮まってゆく2人の距離に反比例するかのように、場内の歓声は高まるばかりです。
もはや、観客達の感情は巨大なひとつの情念となり、舞台上の2人のまわりをグルグル渦巻いているようです。

そして、ついに物語の主人公が(曲のピークに合わせるかのように)しっかりと抱き合った瞬間、この場に居合わせたすべての人々の感情が(多分血圧も)一気に振り切れたのです。

2人の頭上で鳴り響く場違いな仕掛け花火も、 形容しがたい音圧の歓声の前では遠慮がちに響いているだけでした。

ひたすらベタな演出ではありますが、これ以上感動的が演出があるでしょうか?
恐るべき韓流ドラマの世界観を、僕はあらためて見せつけられた気がしました。

若干というか、かなり冷めた目でこのプロジェクトに臨んでいた僕でしたが、1ラウンド初っ端に1発でノックアウトされてしまいました。

『逆らうより、理解しよう。』

そう僕が思ってしまったのには、この場を支配しているこの巨大な愛情には、どんな個人の感情をも押さえつけてしまう、圧倒的な説得力があったからです。

その後、韓国人のゲスト達とのトークコーナー等が続き、インタビュアーの質問に誠実に答えるペ・ヨンジュン氏の人柄が次第に見えてきました。

人は目を見れば全てが分かる、とよく言われます。
彼の目線は、自らの受け答えの最中や他のゲストが話をしている間もしっかりと定まり、その思慮深さは選ぶ言葉からもじんわりと伝わってきました。
体調の悪さからか、若干テンションの低さは感じられましたが、それでも彼の人間性を推し量るには十分でした。

イベントが進むにつれ(お決まり事とはいえ)延々と続く彼を褒めたたえる美辞麗句に、心の奥底で反応するネガティブな感情を意識しつつも、僕のペ・ヨンジュン氏への好感度は次第に上がってくるのでした。

そしてついに、1日目のメインイベントがスタートしました。
ステージの後方に鎮座していた巨大雪だるまのオブジェが2つの気球になり、それぞれに乗り込んだペ・ヨンジュンとチェ・ジウが、場内をまわるというものでした。
当初、リハーサルの段階では1周と聞いていたのですが、それが直前になり2周に変更されたのです。

1周するだけでもかなりの時間を要するのにも関わらず、倍の時間を費やしてでもファンサービスを行うということが、僕には驚きでした。
体調の悪さは会場の家族(ファンのことをそう呼ぶ習わし)誰もが知っています。
イベンター的にも十分満足のゆく状況だったので、本人の意向以外にはこの大きな変更は考えにくいものでした。

しかし、それでも彼は(彼女も)笑顔を絶やさず、会場の隅々にまで頭を下げ続けていたのです。

半分あきれながらその様子を見ていた僕は、彼らの愛情とプロ根性を見せつけられた思いでした。

『だから、これだけの人が集まるんだ。』


家族の想いがやっと解けた、いつまでたっても浅はかな僕でありました。



(つづく)



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