番外編(夢の雫)
しぶとく猛暑が続く中、血気盛んな過去を振り返るのは、もう少し涼しくなってからにしようと決めましたので、ここしばらくは身の周りの出来事を書いてみることにします。

なんて、お気楽な自分ではありますが、僕の周りにはそれこそ天変地異のような状況に直面している友人がいます。

僕と年齢の近い彼と知り合ったのは、かれこれ20数年前に遡りますが、特に近年は仕事を離れたところでの縁が深く、家族ぐるみで泊まりがけの焚き火などを楽しむ仲でした。
2人の息子さんの子育ても一段落し、彼らの仲睦まじい様子を眺めながら、僕ら夫婦もこうありたいものだと常々思っていました。

ところが、半年程前に彼の奥さんが突然病に倒れてしまったのです。
脳幹出血という、とても難しい病状でした。
生死の境をさまよい、幸いなことに一命を取り留めることは出来たのですが、結果とても深刻な障害が残ってしまったのです。
全身麻痺と意識障害という、本人はもとより家族にとっても辛い現実が待ち受けていました。

当事者でない僕が想像するのが怖いくらい、絶望的な状況です。
一般の職業に比べて拘束も長く、時間の不規則な音楽業界の中、彼の献身的な介護が始まりました。
日々病院に通いながら彼女の手足のマッサージを行ない、時間を工面してはあらゆる治療法を探り、厳しい医療環境に直面しながらも、精神的肉体的にギリギリの生活を続けています。

しかし彼はどこまでも前向きで、思い悩んだ表情を見せたことがありません。
当然内面を伺い知る事は出来ないのですが、その明るさはある種凄みさえ感じさせます。
お見舞いに行った僕にはかける言葉もなく、ただ遠慮がちに事の様子を記録するだけで精一杯でした。

そんな彼が、あるときメールをくれました。
そこには一篇の詩が添えられていました。

それは、ベッドに横たわったまま言葉を発しない妻への切ない想いと、彼女にはきっと全て聞こえていて、ただ反応出来ないだけなのだという、彼の強いメッセージでした。
そしてその詩を、親しい音楽家やスタッフの強力を得てCDと映像に仕上げ、彼女の50歳のバースデープレゼントにしたいとのことでした。

友人の信念とその熱意には共感しつつも、僕の心の中には(?)が点っていました。

なぜそこまでするのか? そして本当に彼女に伝わるのか?

無礼は承知の上で、正直そう感じてしまったのです。

しかし彼の想いは受け止めてあげたいと、僕は喜んでレコーディングの映像記録係を引き受けたのでした。

当日、録音スタジオには顔見知りのミュージシャンやエンジニアが、顔を揃えていました。
作曲及びピアノ演奏は塩入俊哉さん、歌は白井貴子さん、録音エンジニアは山下有次さんという、そうそうたるメンバーでした。
皆さん仕事でもないのに、自然にテキパキと動き回り、 友人の2人の息子さんも顔を見せ、和気あいあいと録音は進みました。
そこでも友人は、普段通りの明るい表情で皆をまとめていました。
しかし、コンソールでプレイバックに聞き入る彼の表情からは、時おり深い憂いが顔を覗かせてもいたのです。
そしてレコーディングの最後には、息子さん達も交えて(Happy Birthday)の合唱が加わり、極めて短時間ですべての作業は終了したのでした。

とても心暖まる収録現場だったにも関わらず、数日たっても僕のモヤモヤは解消されませんでした。
当然のことながら、編集は手つかずのままでした。
数日後、再び友人から届いたメールには、先日のお礼と共に次のようなことが書かれていました。

彼女は今、周りに対して
「こんな状態になってしまい、申し訳ない 申し訳ない。こんなに迷惑をかけるくらいなら、いっそのこと死んでしまった方が良かった。」
と、悔やみ謝り続けている。

本人がこんな意識ならば、直るものも直るはずがない。
だから自分は彼女に向かって、
「そんな事はないんだ。どんな状態であっても、家族には君が必要なんだ。」
という気持ちをどうしても伝えたいんだ。

という内容でした。

これを読んで、僕の中の迷いは一瞬で消え失せました。
それまで悩んでいた自分の浅はかさに、我ながら嫌気が差したものです。

【人は必要とされているから生きられる。】
【人は生きているのではなく、生かされているものだ。】
ということを、改めて教えてもらったような気がしました。

完成した楽曲の出来はとても素晴しく、映像編集中込み上げてくる感情に、幾度も作業が中断したものです。
そこには何の飾りも計算も無く、ただ大切な人への素直な想いだけが込められていたからです。
そんな映像を見ながら僕が考えたのは、人の幸福についてでした。

人は皆、幸福を求めて生きています。
その為に頑張るのは誰しも同じだと思うのです。
それでも、もう少しお金があれば幸せになれるのにだとか、あと少し何かが足りないから幸せになれないだとか、なかなか幸福を実感出来ない人の(自分を含め)いかに多いことか。
しかし、究極の状況で1番大切なものは何だろうかと考えた時、見えてきたのはいたってシンプルなものでした。

それは、自分を必要としてくれる者の存在ではないでしょうか。
自分が今の自分でなくなったとき、果たしてその者はどう受け止めてくれるのか?
自分が友人と同じような局面に立たされた時、問われるのはそこなのだと思うのです。
果たして自分は同じ行為をやれるのか? してもらえるのか?
いつになく真剣に考えてしまいました。

そんな風に考えると、社会的な名声や物質的な豊かさなんてものは、些細な取るに足りないものに思えてくるのです。
甲斐甲斐しく奥さんの世話をする友人の映像を見ながら、涙がこぼれて仕方なかったのは、無言のうちにその答えを教えて貰ったからなのかも知れません。

ようやく完成した映像は、なんとか彼女の誕生日に間に合い、友人や関係者にも大変喜ばれました。

僕は再び、日常の垢にまみれた生活に戻りました。
しかし、そこには日常への感謝の気持ちを実感している自分がいました。
ありきたりの風景や、家族とのありふれた会話が、とても愛おしく感じるようになり、漫然と過ごす時間がとても大切に思えてきたのです。
かといって、すぐには生活パターンを変えられないのが、凡人の哀しいところです。(笑)

後日、改めて映像を見直しているうちに、僕の中である考えが頭をもたげてきました。
それは、このプライベート映像を世の中の多くの人達にも見て欲しい、という突拍子もないものでした。
言うまでもなく、この記録はあくまでも個人的なものであり、極めてデリケートな扱いをしなければいけないものです。

しかしながら、現在のように先に希望の見えない世の中で、突然の不幸に立ち尽くしている人、果てしのない苦労に疲れ果てた人、僕なんかの想像の及ばないような困難な状況に窮している人たちへ、ほんの少しの心休めになれたらと思い始めたのです。

無論、きれいごとで済むはずもないのは僕なりに理解していますし、この種の映像を快く思わない人もいることでしょう。
賛否両論あるのは当たり前ですし、批判は甘んじて受ける覚悟です。

それでも僕には、この感情を伝える意義があると思ったのです。
彼らが教えてくれたものの大きさを考えたとき、個人の小さなこだわりは力を持ちませんでした。

関係者の方々の了承が得られましたので、今回この映像を一般に公開することにしました。
関心を持たれた方は是非ご覧になって、今一度ご自身の幸福について考えを巡らして下さい。
そしてその行為こそが、身を以てその大切さを教えてくれた病床の彼女や、現在も懸命に頑張っている友人家族にとっての、更なる生き甲斐に繋がるような気がしてなりません。


下記のURLをご利用下さい。
(http://www.youtube.com/watch?v=LkroQujetQk)


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番外編(正の連鎖)
先日都内某所にて、故忌野清志郎氏の追悼イベントがありました。
とてもささやかな、それでいて心のこもった温かい集いでした。
実は僕は、そこにゲストの1人として呼ばれていたのでした。
無芸自慢の男ですから、当然歌や演奏を披露できるわけもなく、昔撮影したキヨシローさんの写真を集まったお客さんに見てもらい、撮影時のエピソードを話すのが役目でした。

ここ数ヶ月、事務所に籠もりがちの生活が続いていた僕は、どちらかと言えば元気が少々不足気味の状態でした。
そういう時の自分には、物事全てが億劫になってしまう傾向があります。
約束事に対して何となく消極的になってしまい、ズルズルと先送りした結果、直前駆け込み型のパターンとなってしまうのが常なのです。

このイベントの話も、何ヶ月も前に主催者に頼まれておきながら、事務所の引越しと時期が重なったのを言い訳にして、直前までほったらかしておいたのでした。
確かに、数十年ぶりに昔の写真をを引っ張り出し、山のようなストックの中から数十点をセレクトし、なおかつデジタル化する作業になるわけですから、気合いを入れないと出来ないことではあります。
一旦受けた以上さっさと済ませてしまう方が楽なのは分かっていても、相変わらず悪癖を捨てきれずにいる自分なのでした。
案の定、今回も同じような経緯をたどり、何とか写真を選び出したのはイベント前日のことでした。

会場のライブハウスにたどり着いた僕は、古い友人でもある主催者Kさんの姿を探したのですが見当たらず、仕方なく隅の方で所在無げに座っていたのです。
そこではちょうど、出演バンドのリハーサルが行なわれていました。
ただでさえ現在の音楽シーンに疎い僕ですから、目の前のミュージシャン達の顔も名前も、知るよしがありません。
先に書いたように消極的な精神状態の僕でしたから、あまりこちらからは皆さんに目を合わせないように、できるだけ存在感を消していたのです。

しかしながら、数年ぶりに足を踏み入れたライブハウスで聞く音楽は、僕のくすんだ身も心も少しずつ洗い流してくれるようでした。
すると突然、一人のミュージシャンが僕の前に立ちはだかり、自己紹介と共に勢い良く右手を差し出してきたのです。
突然の出来事に一瞬戸惑った僕でしたが、反射的に笑顔で握手を交わしていました。

初対面の人間に対し、こんなにも気持ち良い挨拶のできる人は初めてだったので、先刻までの淀んだ心がみるみる軽くなり、直前まで耳にしていた彼の歌声の素晴らしさを、僕の方からも素直に告げることができたのでした。

懐かしいミュージシャンとの感激の再会を果たした後も、次々と人々が現れ同じように挨拶をしてくれたのでした。
念のために申し添えておきますが、僕は決して有名人ではありませんし、彼等に顔を知られている訳でもないのです。
にも関わらず、このように接してくれる人達からは、ある種共通した雰囲気が感じられました。
それは爽やかなオーラと言うか、心を開きっぱなしにした、笑顔が良く似合う、(真の意味で)イカした人達なのでした。

もはや僕の心中の憂鬱な雲は姿を消し、そこには晴れ晴れとした青空が広がっていました。
そのうち僕の社交的な一面がノソノソ顔を見せ始め、すぐに完全支配してしまいました。
スタッフとの打ち合わせや、下手をすると大きなトラブルになりそうな出来事も、こちらの心に余裕があるため、難なく解決してしまいました。
気分の高揚した僕は、楽屋でのミュージシャン達との会話もはずみ、 彼らも緊張がほぐれてノリノリになり、お客さんも喜び盛り上がり、その後のすべての展開がスムースに流れてゆきました。

結果、その(心のわらしべ長者)的な人間関係が、その日のイベントを大成功に導いてくれたのです。
もちろんこれは主催者の皆様の努力の賜物であり、単なる僕の思い込みでしょうが、、(笑)

長く生きていると時折このような場面に出くわしますが、これだけ長く続いたのは初めてのことでした。
世間では(負の連鎖)という言葉がよく使われますが、それは(正の連鎖)とでも呼びたくなるような、とても素敵な晩だったのです。

キヨシローさん ありがとう!









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