影の主役たち
先日、仲良しのH君からミュージカルの招待状を頂戴しました。
チケットを見ると、何とあの日生劇場での公演ではないですか。
この劇場は僕の学生時代によく通っていた、とても懐かしい場所なのです。
僕がほとんど大学に行かず、ペンキ屋のバイトに明け暮れていたのは以前書いたとおりですが、このペンキ屋は閑散期になると時々掃除屋に化けるのでした。
大勢の貧乏学生達を食べさせてやろうという、社長の親心だったと想像するのですが、僕はこの掃除屋が大の苦手でした。

掃除自体は、それ程嫌いではありません。
汚れていたものが綺麗に蘇るのは、やはり気持ちの良いものです。
ただ僕の性格上、一旦始めてしまうとじっくり時間をかけてダラダラやってしまうのは、昔も今も変わりません。
この年末恒例の日生劇場大掃除プロジェクトは、重い脚立や掃除道具一式を抱え、トイレや廊下の壁から天井の蛍光灯等を、数週間に渡りビル中をかたっぱしから磨いてゆく、とても大がかりな作業でした。
決められたその日のノルマに従い、バイト仲間総勢15人程で淡々と進めていくのですが、何せ相手は歴史ある巨大な建造物ですから、幾らやってもキリがないのです。
僕は”オリジナルの姿を美しく蘇らせる”この行為がとても快感だったので、つい念入りに拭いてしまう癖があったのですが、この種の清掃ではそんな行為は当然タブーでした。
特に、日生劇場の天井は複雑な模様のアルミ板で構成されていて、多少の拭き残しなんぞは見て見ぬ振りをしなければ、とても時間内に終わらないのです。
後ろ髪を引かれる思いで作業を終え、清掃道具を抱えたまま高い天井を見上げると、薄っすら残る汚れの奥から何気に風格が漂ってくるのが、僕にはいつも不思議に思えたものです。
今回数十年ぶり劇場を訪れた僕が、真っ先に目をやったのがその場所でした。
古びた天井は相変わらず煤けていましたが、当時よりも趣きが感じられたのは、そこに僕の青春も透けていたからでしょうか。

H君が招待してくれたのは、2階真正面の特等席でした。
扉の外の世界しか知らなかった僕は、初めて立ち入った空間の荘厳さに、思わず感動してしまいました。
ゆったりとしたシートに腰をおろしていると、後ろから親方にどやされそうな気がする自分に、思わず苦笑いをする始末でした。
感慨に浸る間もなくやがて開演のベルが鳴り、ゆっくりと場内が暗くなりました。
すると突然、中世の衣装に身を包んだ集団が、1階の客席に乱入してきたのです。
その中の一人が奏でるギターに合わせ、役者全員の歌声が場内に響き渡ります。
開演後瞬時にして、別世界に誘う演出は見事なものでした。
テンポ良く展開してゆく芝居の中で、特筆すべきはその音楽の見事さでした。
フラメンコギターの調べに、次々と重なってゆく哀愁を帯びた歌声に導かれるまま、僕がジプシーの世界へと連れ込まれてしまったのは、周りの観客たちと同じく自然の成り行きでした。
久々に仕事を忘れリラックスした僕が注視していたのは、やはり友人H君の演技でした。
当然彼は立派な役者なのですが、僕の知る限り、監督、脚本家、ライター、エディター、トレーナー等の様々な顔を持っています
僕の作品にも役者として幾度か登場してもらっている彼からは、実にたくさんの事を学ばせてもらっているのです。

”Lost In Time” というバンドの(然様ならば)という曲のプロモーションビデオ撮影時のエピソードです。
曲のテーマは旅立ちでした。
このとき僕は、若者の泣き顔のみで作品を構成しようと思案中でした。
思いついた当初は、街に出て今風の若者たちに頼もうかと軽く考えていたのですが、素人が人前で簡単に泣けるはずもありません。
ビニール袋に入れた山盛りの玉ねぎを自分で嗅いだりもしたのですが、やはり嘘の涙からは何の感動も得られないことが良く分かっただけでした。(当たり前か!)
そこで急遽、役者の皆さんに助けを求めたのです。
集まってくれたのは、皆さん個性的な若い男女でした。
役者修行中の者もいれば、現役バリバリの人間もいる中で、撮影はスタートしました。

僕らは少人数で渋谷近郊を徘徊し、絵になりそうな場所を見つけてはカメラを据えるのでした。
役者さんは一人ずつそこに立ち、各々の記憶の中から感情の高まりそうな場面を思い浮かべてもらい、タイミングを見計らった僕がビデオを回す段取りでした。
ところが予想に反し、皆さん簡単には泣いてくれません。
作品の意図は前もって説明してあり、全員から『自信アリ』との返事が返ってきてはいたのですが、、、
ひたすら待つしかありませんでした。
彼らの集中力が途切れぬよう気配を殺しながら、1時間以上ファインダーを覗き続けることもありました。

役者たちは普段、演出された空間で芝居をします。
一人芝居は別として、相手とのやり取りの中で自分の世界を構築してゆくものです。
不特定多数の人々の行きかう雑踏の中、カメラの前でひとり涙を流すなどという行為が、いかに過酷なものであったかは、僕にも容易に想像がつきます。
しかし彼らは文句も言わず、ひたすら自分と闘っていました。
やがて時間の経過と共に彼らの集中力はピークを迎え、一人そしてまた一人と涙を流しながら、澄んだ瞳でレンズを見つめてくれたのでした。

撮影はさらに範囲を広げながら、1週間近くにも及びました。
H君はずっと撮影に付き合い、役者たちが気持ちを作りやすくするための様々な雰囲気作りをしてくれました。
そんな彼に、いよいよ出番の時が訪れたのでした。
僕は期待と不安が入り混ざった複雑な気分でした。
彼のそれまでの協力に対しての感謝の気持ちと同時に、僕の期待が裏切られた場合のショックを怖れていたのです。

撮影場所は、人通りの少ない歩道橋の上でした。
小さなCDラジカセから曲を流し、『お願いします!』と彼に声をかけ、僕はそっとカメラを回しました。
我々の他にはひと気のない静かな住宅街に、別れの曲が静かに散ってゆきます。
すると、それまで穏やかだったH君の表情がにわかに曇ったかに見えた瞬間、その両眼から大粒の涙が溢れ出てきたのです。
彼は瞬きもせず、じっとレンズを見据えています。
その眼差しからは、僕の何倍も深く彼がこの曲を理解しているのが伝わってきました。
僕が彼を撮っているのではなく、僕が彼に撮らされていたのです。
本物の役者の凄さというものに、僕は心底感服してしまいました。

また、”スムルース”というバンドの(夜をつないで)のビデオクリップで、彼に主人公を演じてもらった際には、その深い洞察力と卓越した演技力のおかげで、僕の薄っぺらなストーリーにリアリティーと深みが加味され、作品が何倍にも大きく成長したのでした。(僕はその時から、モノを語る面白さに目覚めたようなものです。)
演出を生かすも殺すも役者次第だということを、それまでドキュメンタリーとイメージの世界しか知らなかった僕に教えてくれたのが、このH君なのでした。


彼はこのミュージカルにおいて、脇を固める重鎮の一人として登場していたのですが、その動きや表情を見ている限り、主役級の役者たちに決して引けをとっていませんでした。
観客の目が舞台の中央に向かっている間も、傍でしっかりと表現を続けているH君を見ているうちに、彼やその他の出演者全員の力で芝居が成り立っているのだという、当たり前のことを僕は再認識したのでした。

芝居は最終番に差し掛かり、H君の大事な役どころでもある、神父の長台詞がありました。
もしここで彼が噛んでしまったなら、舞台全体の印象が大きく変わってしまうであろう、極めて重要な場面でした。
僕の心配をよそに、彼は見事な口上を楽々と披露して、観客の大喝采を浴びていたのでした。
やがて僕の目には、この芝居がまるで複雑に絡み合う、大小の歯車のように映ってきました。
(歯車同士がうまくかみ合わないと、そこで流れは止まってしまい、キッチリし過ぎても不思議に回りにくいもの、適度な遊びがあってこそすべてがうまく回りだす)という機械職人の話を、昔どこかで聞いたことがありますが、この舞台を眺めているうちに、『芝居も同じなんだな』としみじみ思えてきたのです。

僕ら映像の世界でも、一人だけの力で出来ることはたかが知れています。
餅は餅屋と言いますが、色々な人間がそれぞれ背負ったものを持ち寄って作り上げる作品には、1+1=2では無い、大きな何かがきっとあるのでしょう。



【緊急のお知らせ】
昨年末、ペ・ヨンジュン氏の家族の皆さんの前で裏方ばなしをさせて頂いた僕ですが、その後『もっと長く話を聞きたかった』とか『時間の都合で行けなくて残念だった』という、有難いコメントを多数賜りました。
この仕事における僕の役回りはあくまでも黒子であり、本来表に出てお話をするような立場ではありませんでした。
ところが、そんな僕のたわい無い話でも喜んでくださる方々の存在に、大きく勇気づけられたことは以前にも述べた通りです。
このことがきっかけになり、作品の裏側にも多くの隠れた情熱が存在していることを、観客席の皆様に知って頂けたことは、僕のみならず多くの黒子さん達にとって、大変価値のある出来事でした。
僕の中では全てを出し切ったつもりでしたが、今回コメントを下さった方々のため、もう1度だけ恥を忍んで出向いてみようかと考えた次第です。

東京、大阪、福岡と、これまた大都市のみで誠に恐縮ですが、お時間と慈愛に余裕のある方は是非お立ち寄り下さい。
(詳細はこちらから http://byj3d.blog130.fc2.com/)
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