もう一つの再会
さて、ひとりのアーティストのお力を拝借することで、ようやく長いトンネルを抜け出せた僕でしたが、とっておきの3曲の中でも"ももいろの潮風"には特に強く惹かれていました。
この曲を初めて聴いた時、僕は確かに青春時代の懐かしい感覚に引き戻されたのでした。
そのタイトル通り、甘酸っぱく切ない感情で満たされたこの曲の使い所はと言うと、それは当然あの美しい場面しか僕には思い浮かびませんでした。
そう、冬ソナの2人の再会する名場面は、ドラマを見ていなかった僕のような無粋な男にさえ、大きな感動を与えてくれたのでした。
あの日の会場での熱気は凄まじいものがありましたが、改めて素材を見直してみても、あの日受けた衝撃は少しも色褪せずにそこに残っていたのです。
そしてこの曲を聴いた時の感覚と、二人の再会シーンを目にした時の僕の気持ちは、ピタリと重なったのでした。

いつの世も、人は恋愛ものが大好きですよね。
巷は今も、相も変わらぬラブソング、ラブロマンスで溢れかえっています。
使い古された愛の言葉や、結末が最初から見えているような平凡なストーリーでも、人はついつい心動かされてしまうものです。
一体何故なんでしょう?
僕はこう思うのです。
それは、人にとってその感情が1番大切だから。

誰しも1つや2つは(あまり多いのも考えものですが、、)他人に言えないとっておきのラブストーリーがおありなのではないでしょうか。
相手が現在のパートナー(無論それに越したことはありませんけれど)であってもそうでは無くても、自分たちが主人公の至極のワンシーンがきっとあるはずです。
思い出したくもないような修羅場は、この際心の奥底にしまっておきましょう。
そこでの貴方や貴方の愛する人は、幾ら年月が経とうとも決して老いることはありません。
いつ何処にいても、その瞬間にタイムスリップして胸を焦がすことのできるような、そんな永遠に朽ちることのない記憶が蘇るとき、人はとびきり純で綺麗な心持ちでいられるような気がします。
そんな時の貴方は、きっと身も心も穏やかで美しく輝いていることでしょう。
きっとその状態を潜在意識が欲しているからこそ、人は幾つになっても恋愛を懐かしがるのではないでしょうか。
これは素晴らしい本能です。
その気持ちを絶えず抱いていられるなら、これほど幸せなことはありません。
その対象が誰であっても、自分自身の心に従順でいられるのが1番なのですから。

すっかり前置きが長くなってしまいましたが、今回僕が真っ先に思いついたのはこのことだったのです。
冬ソナの主人公2人が雪の中で再会する場面は、僕を含めたあの場所にいた全員にとっての、究極の景色だったのです。
大多数の人々が、彼らの再会を祝福していたのだと思います。
それはドラマの世界を共有していた人間の特権でしょう。
しかし、僕のような傍観者までもが心打たれたのはどうしてなのでしょうか?
きっとその光景が、誰もの心の深い所にある感動の元栓を大きく開いてくれたからこそ、僕はそう理解しています。
あの日集まった数万人の気持ちがひとつになり、言葉に置き換えられないような大きな感情が動いたのは、単なるイベントの盛り上がりとは次元の異なるものだったのです。
僕は舞台上の2人を見ているつもりが、実は深いところで自分自身を見守っていた気がしてなりません。
無論、南国育ちの僕にあのようなロマンチックな経験があるはずもないのですが、理屈抜きに切なく懐かしい気持ちになったのは確かです。
主人公のお2人にしても、(お叱りを覚悟で申し上げるならば)当然山ほどある彼らのお仕事の一つであり、抱き合うシーンも入念にリハーサルを行っていることでしょう。
それでも、あの時あの瞬間の二人の間に演技らしきものは見られませんでした。
プロだから当然という冷めた声が聞こえてきそうですが、一流の役者というものはその役に心底成りきれるものです。
すなわち、あそこにいたのは観客席の前で演技する俳優同士ではなく、純粋に再会を喜び合う恋人同士だったのです。
キャリアを積み重ねたスターではなく、単なる男と女だったからこそ、あのような美しい佇まいで皆を魅了したのだと、僕はそう信じます。
彼の姿を確かめた時の彼女の、そのはにかむような美しい笑顔、凛としつつも喜びを抑えきれない彼の表情は、スターの衣を剥ぎ取った素の男女の有様に思えたのです。
まあ、文章にしてしまうとこのように長ったらしくなってしまいますが、家族の皆さんがあれ程の歓声で彼らを包み込んだのは、そういう理由があったのではないでしょうか。
人は瞬間にこのような感情を得てしまう、素敵な生き物だということです。

けれども、当日の再会シーンは余りに短か過ぎたのも事実です。
当然時間に制約のあるイベントの出し物ですから、それは仕方のない事。
ぺ・ヨンジュンとチェ・ジウがダラダラと近づき、いつまでもステージ上で抱き合っているわけにもいきません。
冬ソナのテーマソングに合わせた舞台演出は誠お見事で、だからこその感動とも言えましょう。
しかしながら、そもそも恋人同士の再会なぞは、衆人環視の元で行われるものではありません。
どちらかといえば、というよりも絶対に人目を避けてひっそりと遂行されるべき種類の行為なのです。
そこで僕は今回の機会を利用して、(無謀にも)この密会シーンの再構築にチャレンジしてみたのでした。
もっとひっそりと再会し、心ゆくまで抱き合う恋人同士という光景を演出してみたのです。
無論、映像にスローモーションをかけるなどといった姑息な手段は使いたくありません。
あくまでもノーマルな映像をコラージュし、自然に見せることが絶対条件でした。
仕上がりは見てのお楽しみですが、そこで大いなる力を発揮してくれたのが、MASAKI氏の"ももいろの潮風"だったという訳です。
完成した再会シーンは、以前にも増して僕の感情を揺さぶってくれました。
エンターテイメントでない、本来の姿に少しは近づけたのではないかと、我ながらとても気に入った場面になりました。
そして曲の後半部分には、主人公お2人のスペシャル映像を散りばめることで、イベント初日のダイジェストとして心地よくまとめることが出来たのです。

またもや、軽く流せない悪い癖が出てしまいました。
残りの2曲に付きましては、最終回で何とかまとめる予定です。お許しを!

コメント(36) / トラックバック(0)カテゴリ無し
幸せな出会い
無理難題は付きもののこのお仕事、しかし今回の悩みの本質は、実はとても深いところにありました。
それは、僕が直接家族の皆様のメッセージを頂戴したり、はたまた至近距離でお顔を拝見していた経緯も大きく影響していたのでしょう。
このブログやトークイベントにおいて、その場しのぎの綺麗ごとを並べたてたつもりはなかったのですが、発売を心待ちにしている方々に、僕がここで安直な映像をお見せしてしまったとしたら、取り返しのつかない大失態となってしまいます。
せっかくの機会、皆様の御期待を良い意味で裏切りたいという僕の思いとは裏腹に、事態は一向に進展しないままでした。

ところが、そんな僕の前に忽然と一人の救世主が現れたのです。
それは"MASAKI"という名のバイオリニストでした。
実はDVDの発売にあたり、イベント2日目のBGMをリニューアルすることになり、そのための楽曲を提供してくれたのが彼なのです。
イベント本番のBGMはとても素晴らしいものだったのですが、複数の作家の作品を用いていた為、多少統一感に欠けていたのです。
その選曲も任された僕は、彼の4枚のCDを朝から晩まで事務所で流し続けました。
普段余りクラシックは聞かない僕ですが、彼の音楽は最初からとても馴染み易く、どちらかと言えばイージーリスニングに近い印象を持ちました。
しかし、単に耳ざわりが心地良いだけでなく、初めて聴くのに何処か懐かしさと不思議な安らぎを覚える、粒ぞろいの素晴らしい作品ばかりだったのです。
それらの楽曲のイメージは、いみじくも今回の映像の意図にピタリとはまり、あたかもこの映画の音楽監督として"MASAKI"さんが存在していたかのようでした。

単なる偶然にしては出来過ぎの感がありましたが、僕にとってこれ以上の幸運はありません。
さっそく手当たり次第に気になる曲を抜き出し、映像の必要箇所に当ててみたのです。
そこでまず不思議なことが起こりました。
彼の曲達には、"ももいろの潮風"や"父さんがくれたビー玉"など、それぞれユニークなタイトルが付けられているのですが、それが本作の世界観に驚くほど合致していたのです。
例えば、ぺ・ヨンジュン氏が自作の詩を朗読する場面で使用した曲のタイトルが"infinity"とくれば、映画をご覧になった方でしたら良くお分かりになることでしょう。
しかも、示し合わせたかのように曲と映像の長さまでドンピシャと一致してしまうのですから、もはや僕は苦笑いするしかありませんでした。

"MASAKI"さんは、幼い頃から一家でオーストラリアに渡り、音楽家のお父上の英才教育で育ったそうです。
そのため難しい日本語は余りお得意ではないようですが、かえってその素朴な会話が彼の飾らない人柄を引き立てているようです。
僕は幾度かお会いしましたが、とても気さくな好青年で、すぐに打ち解けることができました。

長年この仕事に携わっているうちに、良質の音楽はテレパシーに近いのではないかと、僕は次第に考えるようになりました。
その作品が産み落とされた瞬間の作家の感情が、歪まずに受け手に伝わったとき、そしてその喜びや悲しみを共有できたとき、そこに感動が生まれます。(これは全ての創作物の共通項ですよね。)
ひとつの創作物を前にして、その人の心の共鳴板が作者と同じ周波数で震え始めたとき、その証として涙がこぼれます。
そんな作品の源泉には、限りなくピュアな感動がなくてはなりません。
その感動が骨太であればあるほど、その作品は多くの人々の感情を揺れ動かします。
残念ながら、ただヒットすることのみを目的とした作品には、そこが決定的に欠けていることが多いのです。
巧みなプロモーションやタイアップでビジネス的に成功したとしても、そんな使い捨てのような物は人の心の深みに残るはずもありません。
(そんなこと、はなから望んでいないのかも知れませんが、)
要するに、作者の感情がどれだけ劣化しないで他人の心まで響くのか、そのことのみがその作品を評価する尺度だと思うのです。

その観点からすると、"MASAKI"さんの音楽はテレパシーと呼ぶに相応しいものでした。
しかも、それが小難しくひねってある世界ではなく、何処にでもあるような日常を、さり気なく切り取っているところが、僕はいたく気に入ってしまったのです。
感動とは決して大袈裟なものではなく、うっかり見過ごしてしまいそうな何気ない日常風景の物陰にも潜んでいるものです。
彼の創作物から、作者の純粋で深い洞察力を僕は感じ取れたのでした。
ほとんどのBGMの選択を終えた後、僕は選りすぐりの3曲を繰り返し聴きながら、1人ほくそ笑んでいました。
何故なら、この曲達には特別な任務が与えられたからです。
これらを最初に耳にした時から、僕の中で新たな創作意欲が沸々と湧いて来ていました。
それまで思い悩んでいたことが嘘のように思える、あるアイデアが閃いたからでした。

(つづく)

コメント(16) / トラックバック(0)カテゴリ無し
2011年11月
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30

新着アーカイブ
▼意外や意外!
(2013/5/9 17:21)
▼肩の荷
(2012/11/19 10:28)
▼秘密兵器
(2012/6/27 11:48)
▼【歌旅】に想う
(2012/5/24 15:09)
▼紙一重
(2012/3/2 20:30)
▼心境の変化
(2012/1/28 19:56)
▼心の岩盤浴
(2012/1/23 03:24)

月別アーカイブ
2013年05月(1)
2012年11月(1)
2012年06月(1)
2012年05月(1)
2012年03月(1)
2012年01月(2)
2011年12月(1)
2011年11月(2)
2011年10月(1)
2011年08月(1)
2011年07月(1)
2011年02月(1)
2011年01月(2)
2010年12月(3)
2010年11月(2)
2010年09月(2)
2010年08月(2)
2010年07月(1)
2010年06月(2)
2010年05月(2)
2010年04月(1)
2010年02月(1)
2010年01月(1)
2009年12月(2)
2009年10月(2)
2009年09月(1)
2009年08月(2)
2009年07月(2)
2009年06月(3)