無題
僕は余り過去の作品を振り返らないタチです。
完成させるまではトコトン粘りますが、納品を終えた後は殆どそれを見直すことがありません。
長らくこの仕事を続けてきたせいか、僕にはアラ探しをしながら映像鑑賞する癖がついてしまったようです。
このカットは良いとか、あのカットはイマイチだとか、カメラワークの良し悪しや編集を耐えず気にしながら、巷の作品を見ている自分がいます。
自分のことは高い棚の上に上げっぱなしで、どうしても人様の演出が気になってしまうのです。
そんな哀しい身上ですので、今更自分の作品を見直したりした日には、恥ずかしくて立ち直れなくなってしまうのは目に見えています。
世間からとやかく言われないよう、出来る限りの手間をかけた後は、自分の中でのほとぼりが冷めるまで、すっかり忘れるようにしている小心者なのです。

さて、そんな横着者が2年後越しで携わっている作品があります。
このブログをご覧になっている皆様には御馴染み、ぺ・ヨンジュン氏の3D映像です。
本作と僕の関わり合いにつきましては、過去に何度かブログで取り上げてきましたので、ここではあえて触れませんが、この作品がこのたび晴れて一般発売される運びとなりました。
それ自体はとても素晴らしいことで、ひとえに家族の皆様の熱烈な御支持と、関係者各位の御尽力の賜物だと思っております。

さてさて、おめでたいお知らせの中、少々困ったことが起きてしまいました。
それはクライアントからの達ってのリクエストで、是非とも僕に特典映像を作ってもらいたいとのこと。
そりゃそうでしょう。
僕がお客様さんの立場だったら、今時特典の付いていないDVDなんて、おもちゃ無しのハッピーセットのようなものです。

さてさてさて、でもどうする?
こりゃ困りました。
何故なら素材が無いのです。
無いと言ったら語弊がありますが、もうすでに本編で美味しいところは出し尽くしています。
しかも、すでに10分の映像付きというプランは既に固まっている様子。

『ち、ちょっと、考えさせてください。』

即答はさけたものの、内心弱り果ててしまった僕でした。
特典映像といえば、未公開映像が当たり前のご時世。
ところが本作の場合、素材は2日間の収録素材のみ。
さらに、本編の最後に渾身の映像コラージュを披露していた関係上、もうどこも探しても新しい素材を見つけるあてがなかった、というのが正直なところでした。
例えてみれば、だしを取った後の煮干しを使って、旨い料理をもう一皿こしらえるようなもんです。
口の肥えた御馴染みさん相手にですよ。
さらにさらに、監督トークショーと称した身の丈に合わないイベントを強行していた手前、ここで適当にお茶を濁すというわけにはいかないのです。
あの時の場内の皆様方の澄んだ瞳を思い出した日にゃーあなた。

『う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん』


天罰か 悩めるオヤジに 秋深し




(つづく)




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生かされている実感
タイトルのような言葉を客観的に眺めてみると、どこか啓発セミナー的な香りが漂ってきますが、いえいえ決してそのような大仰なものではなく、僕のささやかな実体験の話であります。
いつの頃だったか正確な時は忘れてしまいましたが、ある撮影でスタッフ共々竹富島を訪れたことがありました。
僕は沖縄県出身なので、もちろん見知った場所ではありましたが、そこは普段およそ遊びに行こうとは思わないような辺境の地でした。
リゾート一辺倒の本島とは異なり、ここは数件の民宿が軒を連ねる以外に信号機一つ見られない、ほとんどがお年寄り所帯の静かな島です。(多分今でもほとんど変わっていないことでしょう)
夕暮れどきになると、あちこちの軒先からおじいちゃんの奏でる三線の調べが聴こえてくる、まるで絵に描いた桃源郷のようなところでした。 
素朴な島の人々の人情は、都会暮らしで疲弊してしまった我々の心を、優しく揉みほぐしてくれました。
とはいえ、僕らスタッフが数日もしないうちに退屈になってきたのは、その若さゆえの悲しさでしょうか。

小さな島にはいわゆる娯楽施設等は皆無で、普段の不摂生のため容易に寝付けない我々は、その晩やむなく真夜中のビーチに足を運んだのです。
夜目にも白い砂浜には、ときおり打ち寄せる波の音だけが、昼間以上に快活に又心地良く響いていました。
缶ビール片手に浜辺に寝そべるなり、僕らは頭上に広がる絶景に忽ち魅せられてしまいました。
雲のように幾重にも連なる銀河の群れは、まさに星雲と呼ぶに相応しいものでした。
天球をぼんやり眺めている我々の視界には、数十秒に一回は流れ星が入り込んでくるのです。
そこでは、いちいち願い事を唱えていられない程のスペクタクルショーが、延々と繰り広げられていました。
皆一様に押し黙り、どのような芸術からも得られないであろう、圧倒的な感動に浸っていました。
僕は(幸せなことに)仕事柄、過去に幾度かこのような光景を目撃したことがあるのですが、ここでは一つだけ決定的に違っていたことがありました。
それは、そのスケール感です。
その夜の入り江はほとんど無風状態で、まるで鏡のような海面に映し出される天上界は、水平線との境界を完全に忘れているようでした。
真上から真下まで視野の全てが星空のような超常的な環境に、僕らはまるで宇宙空間に連れていかれたかのような、神秘的な錯覚を覚えるのでした。

いつのまにか都会慣れしていた僕は、星達のことを単なる夜空のアクセサリーのように考えていたようです。
けれどもこうして大銀河に囲まれていると、この地球が無限の宇宙のちっぽけな1個の天体に過ぎないことが、ごく自然に実感させられたのです。
しばらくすると、スタッフの誰かが『泳ぐぞ〜!』と言い出すなり、裸になって銀河の海へ飛び込みました。
それが引き金となり、全員が静かな海に駆け出す姿は、まるで小学生の群れのような無邪気な景色でした。
しばらく泳いだ後、僕は仰向けで水面に浮かび、そのまま動かずにいました。
ときおり聞こえてくる仲間のはしゃぎ声が次第に遠くなり、やがて自分の心臓の鼓動が大きく意識されるに従い、僕はある不思議な現象に気づいたのです。

浮き輪なしに漂っていた僕の身体は、呼吸をするたびに浮き沈みを繰り返していたのですが、息を吐き体全体が沈みかけ、ギリギリ海水が鼻の穴に入りそうになると、自然と次の息を吸いたくなるのです。
息を吸った後は、浮力の増した身体が再び海面から浮かび上がるという具合でした。
つまり、溺れる寸前自らの呼吸によって命が救われるという構図なのです。
ただ、呼吸を意識し過ぎてしまうとそのタイミングが微妙にずれてしまい、時々塩水を飲んでしまったりもするので、心安らかにその摂理を受け入れることがポイントでした。
最初は恐る恐るその現象を確かめていた僕でしたが、慣れるに従いその面白さにどっぷりハマってしまいました。
ほの暖かい海水に身を委ねていると、まるで母親の胎内にいるような、えも言われぬ不思議な安心感を覚えるのです。 
重力を無くした状態で大銀河の中にポッカリ浮かび、自分が宇宙の真理によって生かされているような、そんな悟りを得た気分でした。

僕は普段は決して上等な人間ではありませんが、この晩だけは大宇宙の神秘を五感で受け取ることのできた、そんなプチ瞑想チックな思い出です。










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日々淡々
あまりの凄まじさ故にかえって現実味の乏しい映像に度肝を抜かれ、その後の世の中のゴタゴタに茫然自失のうちに今日まで時間を空費してきました。
被災された方々や、志半ばで命を奪われた方々、残された家族の皆様方には、今なお見舞う言葉が見つかりません。
その間、原発事故や避難所の惨状、はたまた物不足や買い占め問題等々、一気に噴き出した社会の病巣に、僕自身今なお綿埃のように宙に舞った状態です。

地震の瞬間は、所用で訪れた自宅近所の商店街の駐車場におりました。
これまでの経験とは明らかに異なる不穏な前兆に気づいた僕が、やり取りをしていた相手の言葉を遮り、『来ますね』と発した瞬間、激しい揺れと初めて耳にする大地の唸り声が辺りを支配しました。
隣接する建物同士がきしみ音を立てながら左右に大きく揺れ動く様は、(不謹慎ではありますが)臨場感溢れるスペクタクル映画のようでもありました。
目前の光景は夢で幾度か体験していたためか、僕は不思議と冷静でいられました。
悲鳴をあげながら中から飛び出して来る人々や、不安気に立ち止まり身を固める人々を眺めつつ、『ついに来たか』と覚悟を決めたのを記憶しています。

急いで戻った自宅に幸い大きな被害はありませんでしたが、その後TVで目にした数々のニュース映像は、僕の想像力を遥かに超えていました。
大波に流されるオモチャのような家々や車の中に、逃げ遅れた人達がいるのかも知れないという単純なことが、今ひとつ感じ取れないもどかしさがありました。
映像に携わる身からすると、(9・11の時もそうでしたが)TV画面を通して流されるそれらの場面が、ともすれば特撮映画の1場面のように見えてくるのでした。
その不謹慎な感覚を打ち消そうと、何度も頭をリセットする必要があった程です。
僕の想像力が足りないと言ってしまえばそれまでですが、普段の情報過多の弊害がこんなところで露見してしまったようです。
しかし翌日目にした僕の事務所の惨状は、今回の震災の片鱗を改めて実感させてくれました。
かなり重量のある撮影台や、棚の中の撮影機材が見事なまでに散乱していて、呆れ果てたた僕がまず最初にとった行動が、その様子を写真に収めることでした。
まるで救助隊の一員にでもなった気分で部屋の奥へと分け入った僕は、大切にしていた品々の末路を目の当たりにしても意外に平静でした。
インターネットも断線していたので、普段忘れがちな日常の有難味を再確認させられたのは、恐らく皆様方と一緒のことだと思います。
ネットワークの再生後、さしあたって僕にできることは何だろうと考えてみましたが、微々たる献金以外に思いつきませんでした。

最近になり、若干違う観点から震災を考え直しています。
それは、(人生一寸先は闇)ということです。
何を今更とお叱りを受けるかもしれませんが、実際これが正直な気持ちです。
あの日以降、日本全体が大きく行き先を変えた(変えざるを得ない?)ように思えます。
国としての方向性は、ひとえに個人個人のライフスタイルに直結してくるものです。
それぞれの人々が、自身の人生やこれからの生き方を冷静に考えるタイミングなのかもしれません。
一寸先が見えないからこそ、そこに闇を予想するのか、光を求めるのかが問われるのでしょう。
(自分も含めて)あまり深く考えもせず、皆で何となく生きて来た人々にとっては、大きな曲がり角であることは間違いないと思う、今日この頃です。



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影の主役たち
先日、仲良しのH君からミュージカルの招待状を頂戴しました。
チケットを見ると、何とあの日生劇場での公演ではないですか。
この劇場は僕の学生時代によく通っていた、とても懐かしい場所なのです。
僕がほとんど大学に行かず、ペンキ屋のバイトに明け暮れていたのは以前書いたとおりですが、このペンキ屋は閑散期になると時々掃除屋に化けるのでした。
大勢の貧乏学生達を食べさせてやろうという、社長の親心だったと想像するのですが、僕はこの掃除屋が大の苦手でした。

掃除自体は、それ程嫌いではありません。
汚れていたものが綺麗に蘇るのは、やはり気持ちの良いものです。
ただ僕の性格上、一旦始めてしまうとじっくり時間をかけてダラダラやってしまうのは、昔も今も変わりません。
この年末恒例の日生劇場大掃除プロジェクトは、重い脚立や掃除道具一式を抱え、トイレや廊下の壁から天井の蛍光灯等を、数週間に渡りビル中をかたっぱしから磨いてゆく、とても大がかりな作業でした。
決められたその日のノルマに従い、バイト仲間総勢15人程で淡々と進めていくのですが、何せ相手は歴史ある巨大な建造物ですから、幾らやってもキリがないのです。
僕は”オリジナルの姿を美しく蘇らせる”この行為がとても快感だったので、つい念入りに拭いてしまう癖があったのですが、この種の清掃ではそんな行為は当然タブーでした。
特に、日生劇場の天井は複雑な模様のアルミ板で構成されていて、多少の拭き残しなんぞは見て見ぬ振りをしなければ、とても時間内に終わらないのです。
後ろ髪を引かれる思いで作業を終え、清掃道具を抱えたまま高い天井を見上げると、薄っすら残る汚れの奥から何気に風格が漂ってくるのが、僕にはいつも不思議に思えたものです。
今回数十年ぶり劇場を訪れた僕が、真っ先に目をやったのがその場所でした。
古びた天井は相変わらず煤けていましたが、当時よりも趣きが感じられたのは、そこに僕の青春も透けていたからでしょうか。

H君が招待してくれたのは、2階真正面の特等席でした。
扉の外の世界しか知らなかった僕は、初めて立ち入った空間の荘厳さに、思わず感動してしまいました。
ゆったりとしたシートに腰をおろしていると、後ろから親方にどやされそうな気がする自分に、思わず苦笑いをする始末でした。
感慨に浸る間もなくやがて開演のベルが鳴り、ゆっくりと場内が暗くなりました。
すると突然、中世の衣装に身を包んだ集団が、1階の客席に乱入してきたのです。
その中の一人が奏でるギターに合わせ、役者全員の歌声が場内に響き渡ります。
開演後瞬時にして、別世界に誘う演出は見事なものでした。
テンポ良く展開してゆく芝居の中で、特筆すべきはその音楽の見事さでした。
フラメンコギターの調べに、次々と重なってゆく哀愁を帯びた歌声に導かれるまま、僕がジプシーの世界へと連れ込まれてしまったのは、周りの観客たちと同じく自然の成り行きでした。
久々に仕事を忘れリラックスした僕が注視していたのは、やはり友人H君の演技でした。
当然彼は立派な役者なのですが、僕の知る限り、監督、脚本家、ライター、エディター、トレーナー等の様々な顔を持っています
僕の作品にも役者として幾度か登場してもらっている彼からは、実にたくさんの事を学ばせてもらっているのです。

”Lost In Time” というバンドの(然様ならば)という曲のプロモーションビデオ撮影時のエピソードです。
曲のテーマは旅立ちでした。
このとき僕は、若者の泣き顔のみで作品を構成しようと思案中でした。
思いついた当初は、街に出て今風の若者たちに頼もうかと軽く考えていたのですが、素人が人前で簡単に泣けるはずもありません。
ビニール袋に入れた山盛りの玉ねぎを自分で嗅いだりもしたのですが、やはり嘘の涙からは何の感動も得られないことが良く分かっただけでした。(当たり前か!)
そこで急遽、役者の皆さんに助けを求めたのです。
集まってくれたのは、皆さん個性的な若い男女でした。
役者修行中の者もいれば、現役バリバリの人間もいる中で、撮影はスタートしました。

僕らは少人数で渋谷近郊を徘徊し、絵になりそうな場所を見つけてはカメラを据えるのでした。
役者さんは一人ずつそこに立ち、各々の記憶の中から感情の高まりそうな場面を思い浮かべてもらい、タイミングを見計らった僕がビデオを回す段取りでした。
ところが予想に反し、皆さん簡単には泣いてくれません。
作品の意図は前もって説明してあり、全員から『自信アリ』との返事が返ってきてはいたのですが、、、
ひたすら待つしかありませんでした。
彼らの集中力が途切れぬよう気配を殺しながら、1時間以上ファインダーを覗き続けることもありました。

役者たちは普段、演出された空間で芝居をします。
一人芝居は別として、相手とのやり取りの中で自分の世界を構築してゆくものです。
不特定多数の人々の行きかう雑踏の中、カメラの前でひとり涙を流すなどという行為が、いかに過酷なものであったかは、僕にも容易に想像がつきます。
しかし彼らは文句も言わず、ひたすら自分と闘っていました。
やがて時間の経過と共に彼らの集中力はピークを迎え、一人そしてまた一人と涙を流しながら、澄んだ瞳でレンズを見つめてくれたのでした。

撮影はさらに範囲を広げながら、1週間近くにも及びました。
H君はずっと撮影に付き合い、役者たちが気持ちを作りやすくするための様々な雰囲気作りをしてくれました。
そんな彼に、いよいよ出番の時が訪れたのでした。
僕は期待と不安が入り混ざった複雑な気分でした。
彼のそれまでの協力に対しての感謝の気持ちと同時に、僕の期待が裏切られた場合のショックを怖れていたのです。

撮影場所は、人通りの少ない歩道橋の上でした。
小さなCDラジカセから曲を流し、『お願いします!』と彼に声をかけ、僕はそっとカメラを回しました。
我々の他にはひと気のない静かな住宅街に、別れの曲が静かに散ってゆきます。
すると、それまで穏やかだったH君の表情がにわかに曇ったかに見えた瞬間、その両眼から大粒の涙が溢れ出てきたのです。
彼は瞬きもせず、じっとレンズを見据えています。
その眼差しからは、僕の何倍も深く彼がこの曲を理解しているのが伝わってきました。
僕が彼を撮っているのではなく、僕が彼に撮らされていたのです。
本物の役者の凄さというものに、僕は心底感服してしまいました。

また、”スムルース”というバンドの(夜をつないで)のビデオクリップで、彼に主人公を演じてもらった際には、その深い洞察力と卓越した演技力のおかげで、僕の薄っぺらなストーリーにリアリティーと深みが加味され、作品が何倍にも大きく成長したのでした。(僕はその時から、モノを語る面白さに目覚めたようなものです。)
演出を生かすも殺すも役者次第だということを、それまでドキュメンタリーとイメージの世界しか知らなかった僕に教えてくれたのが、このH君なのでした。


彼はこのミュージカルにおいて、脇を固める重鎮の一人として登場していたのですが、その動きや表情を見ている限り、主役級の役者たちに決して引けをとっていませんでした。
観客の目が舞台の中央に向かっている間も、傍でしっかりと表現を続けているH君を見ているうちに、彼やその他の出演者全員の力で芝居が成り立っているのだという、当たり前のことを僕は再認識したのでした。

芝居は最終番に差し掛かり、H君の大事な役どころでもある、神父の長台詞がありました。
もしここで彼が噛んでしまったなら、舞台全体の印象が大きく変わってしまうであろう、極めて重要な場面でした。
僕の心配をよそに、彼は見事な口上を楽々と披露して、観客の大喝采を浴びていたのでした。
やがて僕の目には、この芝居がまるで複雑に絡み合う、大小の歯車のように映ってきました。
(歯車同士がうまくかみ合わないと、そこで流れは止まってしまい、キッチリし過ぎても不思議に回りにくいもの、適度な遊びがあってこそすべてがうまく回りだす)という機械職人の話を、昔どこかで聞いたことがありますが、この舞台を眺めているうちに、『芝居も同じなんだな』としみじみ思えてきたのです。

僕ら映像の世界でも、一人だけの力で出来ることはたかが知れています。
餅は餅屋と言いますが、色々な人間がそれぞれ背負ったものを持ち寄って作り上げる作品には、1+1=2では無い、大きな何かがきっとあるのでしょう。



【緊急のお知らせ】
昨年末、ペ・ヨンジュン氏の家族の皆さんの前で裏方ばなしをさせて頂いた僕ですが、その後『もっと長く話を聞きたかった』とか『時間の都合で行けなくて残念だった』という、有難いコメントを多数賜りました。
この仕事における僕の役回りはあくまでも黒子であり、本来表に出てお話をするような立場ではありませんでした。
ところが、そんな僕のたわい無い話でも喜んでくださる方々の存在に、大きく勇気づけられたことは以前にも述べた通りです。
このことがきっかけになり、作品の裏側にも多くの隠れた情熱が存在していることを、観客席の皆様に知って頂けたことは、僕のみならず多くの黒子さん達にとって、大変価値のある出来事でした。
僕の中では全てを出し切ったつもりでしたが、今回コメントを下さった方々のため、もう1度だけ恥を忍んで出向いてみようかと考えた次第です。

東京、大阪、福岡と、これまた大都市のみで誠に恐縮ですが、お時間と慈愛に余裕のある方は是非お立ち寄り下さい。
(詳細はこちらから http://byj3d.blog130.fc2.com/)
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心境の変化
去年の暮れ沖縄に帰った時に、ひとつ気になるコマーシャルに出会いました。
それは地元泡盛の酒造会社のものだったのですが、そのキャッチコピーが妙に心に収まってしまい、今だ消え去る気配が見られません。
おそらく、現在の僕の心情にドンピシャだったのですね。

それは、『普通の上等』というたわいの無い言葉なのですが、考えるにつれ、とても味わい深いメッセージのような気がしてならないのです。

多分、昔の自分だったら全否定するような、完ぺき守りのメッセージです。

僕は幼い頃から父親に『向上心の無い人間になっては駄目だぞ』といい聞かされて育ちました。
生来の負けず嫌いもその教えに拍車をかけ、怠け症の病と共存しながらも、今日の日までどうにかこうにか、マイペースで頑張ってきました。
多分その甲斐もあって、浮き沈みの激しいこの業界で、何とか生きながらえてこられたのでありましょう。

今までの僕のポリシーからすると、『普通の上等』は絶対あり得ない価値観のはずでした。
目指すは、あくまでも『上等の上等』であり、百歩譲ったとしても、せいぜい『上等の普通』だったはずです。
そんな僕が、何故ゆえ『普通の上等』という言葉に共感を覚えたのでしょうか。

若かりし頃は、上り坂の向こうに新たな坂道が見えてくるのが、楽しみで仕方ありませんでした。
無論、時には苦しくて逃げ出したくなる局面もありましたが、終わってしまえば更なる障害物競走を欲してしまうという、どこか自虐的な部分があったように思います。
そういう時、いつも僕の背中を押してくれたのが、『向上心を持て』という親父の言葉だったのでした。

ところが、年を重ねるに連れ、この考え方に少しずつ変化が生じてきたのです。
それは絶えず上を目指す生活に疲れてきたとか、努力が嫌になったというのではありません。
あえて例えるとすれば、『1番じゃなきゃ駄目なんですか?』と云う、某大臣の有名なセリフに近い感覚なんです。

だいぶ前にも書いたことがありますが、最近僕は古くからの友人達とブルースバンドをやっています。
それなりに真面目にやってはいるのですが、決して必死になって続けているのではないのですね。コレが、
何故なのかな?と自分なりに分析してみると、実際は音楽が生活の中で1番じゃないからなんですね。
メンバー全員、仕事も家庭も持っていますし、他にも趣味を楽しんでいます。
確かに、バンド活動は日々の生活の張りになり、生き甲斐にもなっているのですが、これが若い頃だったら、勢いプロを目指そうとか、もっと練習を積まなくてはとか、きっと必死になっていただろうと想像するんです。
もちろん、真剣さがいけないのではなく、その度合いが問題なんですね。
自分なりに、何となく人生が理解出来てきたときに、闇雲に前に進むのでは無く、残された時間(あくまでも推測ですが)を念頭に置いた、時間のペース配分の必要性を感じ始めてきたのかも知れません。

ブルースに限らず音楽の世界では、何十年にも渡り、それこそ人生をかけて音楽を続けている人間がザラにいます。
そんな人物の演奏を耳にすると、自分らの未熟さに愕然とすることも多々あります。
そんな時には、すぐにこう思い直すのです。

『比べてどうする、みんなソレゾレ。』

下手くそなりに楽しいし、そこそこお客を楽しませることも可能なことに、遅まきながら気づいたのです。
そりゃあ比べてしまえば、すべて上下がありもしましょう。
すべては相対的なものであり、比べるからこそランクというものが出現するのです。
要するに、自分が満足しない限り、物事に終わりはないのです。
全生涯をかけて上を目指す部分と、そうではない部分を分けて考えるほうが、力が抜けて効果的なのではないかなと、そんな感じですかね。
『足るを知る』って云う言葉の意味が、少しずつわかる歳になってきましたが、故郷で出会った言葉には、大いに感じ入った次第です。

『普通の上等でいいさー!』と、しみじみ思う今日この頃です。



少々理屈っぽくなってしまいましたが、年初の戒めを兼ねてのご挨拶でした。
今年もよろしくお付き合い下さい。


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